大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1454号 判決

控訴人

吉見千嘉也

右訴訟代理人

石丸九郎

横地博

被控訴人

塩野カメ

被控訴人

塩野憲哉

右両名訴訟代理人

小林徳太郎

主文

本件控訴及び控訴人の予備的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人(原審原告)は、主位的請求として

1  原判決を取消す。

2  被控訴人塩野カメは控訴人に対し、原判決別紙物件目録〈省略〉第一の建物を収去して、同第三の土地を明渡せ。

3  被控訴人塩野憲哉は控訴人に対し、同目録第一の建物から退去して、同第三の土地を明渡せ。

4  被控訴人らは各自控訴人に対し、昭和四五年五月一五日から同第三の土地の明渡済みまで、一箇月金一、一八〇円の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決を求め、予備的請求として

1  被控訴人塩野憲哉は、別紙図面中(イ)(A)(C)(ロ)(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲内の土地1.829平方メートルについて、控訴人との間に借地権を有しないことを確認する。

2  被控訴人塩野憲哉と控訴人との間で、同控訴人の借地のうち東側公道に通ずるための道路部分は、別紙図面〈省略〉中(リ)(ハ)(ヘ)(ヌ)(リ)の各点(但し、(へ)点は(ハ)(ヲ)を結ぶ直線の延長線上(ヲ)点から0.045メートルの地点)を順次直線で結ぶ範囲内の土地9.5237平方メートル(昭和五四年四月一六日付控訴人の準備書面に9.527平方米とあるのは誤記と認める。)に限ることを確認する。

3  被控訴人塩野カメは控訴人に対し、原判決別紙物件目録第一の建物のうち、別紙図面の(B)(A)(C)(D)(B)の各点を順次直線で結ぶ範囲内の部分3.5682平方メートルを撤去せよ。

被控訴人塩野カメが右部分を撤去しないときは、控訴人がこれを撤去することができる。この場合の費用は同被控訴人の負担とする。

との判決を求めた。

被控訴人ら(原審被告ら)は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述は左記のとおりである。

控訴人の請求原因

(主位的請求原因)

一  控訴人は原判決別紙物件目録第二の土地を所有しており、昭和四一年八月一四日被控訴人塩野憲哉との間で、次の内容の賃貸借契約を結んだ。

1  建物所有を目的とし、同目録第三の土地(本件土地という)を賃貸する。

2  期間は昭和四一年六月一日から昭和六一年五月三一日までとし、賃料は一箇月金一、一八〇円とする。

3  本件土地の東側隣接地(同目録第四の土地)上に控訴人所有建物があり、その玄関は本件上地の私道部分(別紙図面)に向けて作られているか、控訴人が将来建物改築に伴い、玄関を公道側(東側)に作るときは、被控訴人塩野憲哉は私道部分の幅員を三分の二に減じ、残りの三分の一の部分(別紙図面)を控訴人に返環することを特約する。

なお、本件土地上の原判決別紙物件目録第一の建物(但し、目録第一の四行目「55.37」を「55.275」と訂正する。)は、被控訴人塩野カメの所有であるが、同被控訴人と被控訴人塩野憲哉とが養母子の間柄であるため、同被控訴人が控訴人と賃貸借契約を結んだのである。

(中略)

(予備的請求原因)

一  (略)

二  上記特約(主位的請求原因一、3)によれば、被控訴人塩野憲哉は、控訴人が控訴人所有建物を改築して玄関を東側公道に面して作るときは、借地の私道部分を幅員三分の一の範囲で控訴人に返還することになつていた。控訴人は上記のように昭和四四年旧建物を取毀して、玄関が東側公道に面する建物を建築したので、特約の効果として、同被控訴人の借地の私道部分は別紙図面部分((リ)(ハ)(へ)(ヌ)(リ)の各点を順次直線で結ぶ範囲)9.5237平方メートルに限定されることになつた。しかるに同被控訴人はこれを争うのでその確認を求める。(以下略)

被控訴人らの答弁と抗弁

(中略)

(予備的請求原因について)

一 (略)

二 控訴人と被控訴人塩野憲哉との間に、控訴人の主張する私道幅員縮減の特約が結ばれたことは、すでに認めたところであるが、この特約は以下の理由で効力を生じない。

1 建築基準法四三条一項は、建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならない旨を、又同法四五条一項は、私道の変更等によつて右の規定に抵触することとなる場合は、行政庁はその変更等を禁止することができる旨を定めている。被控訴人塩野憲哉の借地の私道部分は幅員が二メートルで、この部分のほかに借地から公道へ出る道路はないから、右の幅員を三分の二に縮減すれば、上記各法条の趣旨に反する結果となるのであり、かような結果を招く契約が無効であることは明らかである。〈以下、事実省略〉

理由

(主位的請求について)

一請求原因一の事実は争いがない。二の事実中、被控訴人らが控訴人に対する不信行為を重ねたこと(原判決事実第二、五、2、(二)、(1)ないし(9))については、原審及び当審(第一、二回)証人吉見千冨佐、当審証人吉見みどりの各証言と、控訴人吉見千嘉也の原審における本人尋問の結果中に、控訴人の主張に副う部分がある。右主張事実のうち、(6)の設計変更と(8)(a)については、原審証人鈴木茂治、渡辺伸明がその事実を証言しているので、これを認めることができるが、その余の事実は、原審証人塩野敬子、被控訴人塩野カメ(原審)、塩野憲哉(原審、当審第一、二回)が、いずれもこれを否定する証言及び供述をしており、又前記証人鈴木、渡辺及び原審証人須田輝明は、ともに被控訴人らによる工事妨害の事実を証言していないので、結局真偽いずれとも判定しがたい。しかし、仮に控訴人主張事実に近似するできごとがあつたとしても、(1)は、被控訴人塩野カメの借地を控訴人が貸主から買取つた直後のことである上、貸借人の義務の懈怠につながる行為でもないから、相互の信頼関係を傷つけるものとは言いがたい。(2)の特約の効力を争うことは、その特約が後記のとおり建築基準法の規定と抵触する疑いがあり、控訴人からの(3)(6)(7)の突出部分撤去要求に関連することがらも、右の要求が後記のように三者間の合意の趣旨に反する可能性がある以上、ともに被控訴人らばかりを非難すべきものとは思われない。(4)、(5)、(8)(b)(d)は、いずれもそれ自体は慎しむべき行為に相違ないが、現実に雨漏りや断水等が生じたのであれば(雨漏りの事実は原審における被控訴人塩野カメ、同塩野憲哉の各本人尋問の結果から認められる。)右各行為をもつて直ちに賃貸借関係における不信行為と言うこともできない。(8)(a)(c)(e)(f)も、賃貸借契約の履行との直接の関係を認めがたい行為である。かように考えるならば、控訴人主張事実を理由とする、昭和四四年五月一四日付文書による契約解除の意思表示は、その効果を生じないものといわなければならない。

二次に、控訴人の主張する私道部分縮減の合意については、そのような合意があつたこと自体は被控訴人らも争わないのであるが、後に予備的請求原因に対する判断理由で説示するとおり、その合意の効力は認められないから、これを理由とする昭和四七年四月四日の契約解除の意思表示は、その効果を生ずる余地がない。

三従つて、控訴人が主位的請求原因として主張する契約終了の事実は認められないので、被控訴人らに対し、建物収去又は退去による土地明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める控訴人の主位的請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから棄却を免れない。

(予備的請求について)

一被控訴人塩野憲哉の借地の東側外周の線が、控訴人所有建物と本件建物とのそれぞれの土台の中間を通過していることは、争いがない。控訴人は右外周の線は別紙図面(ハ)(ニ)のを結ぶ画線であると主張するので考えるに、〈証拠〉によれば、被控訴人塩野憲哉の借地の範囲は、被控訴人塩野カメが本件土地の旧地主足立金次から借地していた範囲と全く変らないのであつて、その範囲は控訴人が第四土地を足立から借受けた昭和三六年四月に、控訴人、被控訴人塩野カメ及び足立の三者間で確認されたことからである。同被控訴人はその当時、借地内の庭の部分と私道部分との境の付近に、木柵及び門扉を設置していたか、その位置は借地の東側外周の延長線上であつた。後に昭和四六年四月、被控訴人塩野憲哉は右木柵、門扉を取去つて、ほぼ同じ位置(僅かに借地の内側に寄つたところ)に新しく木柵、門扉を設置したが、これと東側公道の端(公道と本件土地との境にある礎石の西端)との距離は6.95メートルである。このように認められる。証人吉見千冨佐の証言(当審第一回)とこれにより成立を認めうる甲第一二号証には、新しく設置された門柱は借地の境から0.1メートル出過ぎている旨の証言及び記載があるが、公道との距離を検尺した結果ではないことが右証言で認められるので、前記認定の妨げになることはない。そうすると、現存する木柵及び門扉の線を北方に延長した線が同被控訴人の借地の東側外周線であることになるが、控訴人の主張する借地の外周は、別紙図面において、公道との境界点((へ)点及び(ヌ)点)からほぼ四方へそれぞれ7.16メートルの各点((ハ)点及び(リ)点)を結んだ直線の延長線であるから、真実の境界とは異なることが明らかである。従つて、(ハ)点と(ニ)点を結ぶ線上に一辺を置く(イ)(A)(C)(ロ)(イ)各点で囲まれる土地の全部が、同被控訴人の借地の範囲外であるとする控訴人の主張は採用できず、その確認請求は理由がない。

二次に、控訴人と被控訴人塩野憲哉間で、昭和四一年八月一四日控訴人主張の特約(主位的請求原因一、3)が結ばれたことは争いがない。しかし、右特約は同被控訴人の使用しうる私道の幅員すなわち、その借地と公道との接地面の長さを狭めることを約束する趣旨であるから、建築基準法四三条一項の規定との関係を考える必要があるところ、同条項は建築物の敷地と道路との接地面の長さを最低二メートルと定めているのに対し、同被控訴人が現に使用しうる私道の幅員が二メートルであることは当事者間に争いがない。従つて、その幅員を三分の二すなわち1.33メートル強に縮減する旨の契約は、明らかに同条項に違反する結果を目的とする契約であるから、その効力を生じないものといわなければならない。けだし右条項は、建築物使用者の便益と安全を確保するための最低限度の基準を定めた強行法規と解されるから、これと抵触し、或いはこれを潜脱するような私人間の契約を有効とすれば、立法の目的を達しないからである。しかも、同被控訴人の借地に右私道部分以外道路に接する面があること、或いは控訴人のいうように、背後に国有地たる空地が現存する事実はなんら立証されていない。従つて、同被控訴人の借地の私道部分が、控訴人主張の特約によつて縮減された範囲であることの確認を求める本訴請求は失当である。

三次に、被控訴人塩野カメ所有建物の一部撤去を求める被控訴人の請求について検討する。予備的請求一についての判断で説示したとおり、被控訴人塩野憲哉の借地の東側外周は、現在被控訴人ら所有の木柵及び門扉が連なる線を、ほぼ北に延長した線と認められるところ、前記建物の押入れの一部がその線を超えて存在することは、被控訴人らもこれを争わない。しかし、〈証拠〉によれば、足立金次はかつて原判決物件目録第二の土地を所有し、本件土地を被控訴人塩野カメに賃貸していたが、昭和三六年四月第四の土地を控訴人に賃貸するに際し、双方の借地人の了承を得て借地の境を確定し、境界線上に木杭数本を打込み、なお「境界線確認合意書」と題する書面を作つて三者それぞれこれに押印した事実及びその際足立は借地人双方に対し、前記押入れの一部は被控訴人塩野カメの借地の域外に出ているが、双方が当時存在した建物に居住する限り、そのままの状態で土地を使用するよう指示し、双方ともこれを了承した事実が認められる。原審及び当審(第一回)証人吉見千冨佐の証言中右認定に反する部分は措信しがたい。この事実によれば、控訴人は、被控訴人塩野カメが当時の同被控訴人所有建物を取毀さない限り、その一部が控訴人の借地を占有することを甘受したものであるところ、その後右建物が取毀された事実は認められないのであるから、控訴人が同被控訴人に対して前記押入れの一部の撤去を求めることは許されないことになる。従つて控訴人の請求は失当である。

以上説示のとおり、控訴人の予備的請求はすべて理由がないから、これを棄却すべきである。

(結論)

叙上の理由により、控訴人の控訴ならびに当審で追加された予備的請求をともに棄却することとし、訴訟費用は民事訴訟法九五条、八九条に従い、控訴人にその負担を命ずることとして、主文のように判決する。

(吉岡進 吉江清景 上杉晴一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例